[附子 第3回]「附子」に興味を持つ二人

附子(ぶす)

しばらくすると、太郎冠者はなんとなく附子の方から風が吹いてきたような気がします。風に当たっただけで滅却すると聞いているので、驚いてすこし離れた場所に座り直します。

ところが次郎冠者は、「風に当たるだけで滅却する大毒なのに、主人はなぜ平気なのだろう。」という、素朴だけれど本質的な疑問を口にします。実は最前主人にもそう尋ねたのですが、主人は「附子は主を思う物だから、自分は平気なのだ」と言い訳したのですが、次郎冠者は全然納得しなかったようです。

どうもこの二人の関係は、なにごとにも素直で行動力があり、リーダーシップを取るのは太郎冠者で、次郎冠者も一応それに従ってはいるのですが、別の視点で物を考える力も備わっているようです。

それぞれが独立した人格を持っている関係として演じられているようです。

「主人はなぜ滅却しないのだろう」、それを言ったらお終いなので、そのあたりにも脚本上の脆弱さはあるのですが、この場面ではそれを主人と使用人の人間関係を示す材料として利用しているとも言えますね。

何事も主人の言うことに従順で、何にも自分では考えないというばかな使用人では無いということを示していますし、主人だからと言って恐れ入っているだけでは無いことも、暗にわかります。

太郎冠者につられて次郎冠者も怖くなり、二人は逃げ出します。

舞台中央から橋掛りまで、「ちゃっとのけ、ちゃっとのけ」と言いながら大急ぎで移動しますが、実際の舞台では、絵のように脚を上げたり手を大きく振ったりはしません。また、使用したビデオでは舞台正面に置かれたカメラで撮影したものでしたので、絵のように逃げてくる二人を正面から捉えた映像ではありませんでした。

演技を通して、頭の中で再構成した動きを、絵にしているのです。演技を見ていると、まさに絵のように言ったり思ったりしながら、こちらに逃げてくるように思えたのでしょう。

後ろにいる太郎冠者よりも次郎冠者の方が主体的に動いているように見えるのは、ちょっと誤解を招くかも知れません。

太郎冠者は自分が驚いて逃げるときには、扇で自分の頭をぽんと叩きながら逃げます。これは茂山千作さんのアドリブかもしれません。

狂言は古典芸能なので、演技は決まっていていつも同じように演じていると思われがちですが、実はその時の観客の反応を見ながら、かなり自由にアドリブを入れています。特に千作さんは自在にアドリブを入れる方で、それがまた笑いを誘います。

この絵はその印象的な場面を、動きのある魅力的な絵として表現されていますね。

そうこうするうちに太郎冠者は、附子の正体が知りたくなり、蓋を開けてみることにします。

まず紐をほどき、次に蓋を開けますが、近づくときに風が顔に掛からないように、二人が協力して扇でかずらおけを扇ぎます。

そこで太郎冠者は一安心します。獣だったりしたら飛び出してくるだろうが、そうじゃないことがわかったからです。

だんだん大胆になって、中身をのぞきにまで行きます。

この時の一連の演技は、「扇げ扇げ」「扇ぐぞ扇ぐぞ」と言いながら遠くから扇で扇いで風を送り、こわごわ附子に近づいていきます。その様子が、笑いのポイントになりますね。小学校の教科書に附子が掲載されていた頃は、この扇ぐ様子だけを覚えていたという人も多いのでは亡いでしょうか。 こういうとき太郎冠者が新しいことを思いつき、次郎冠者をリードしてどんどんことを進めていきます。次郎冠者は最初嫌々従いますが、だんだんその気になって、二人協力して、とうとう蓋を開けてしまいます。

やがて太郎冠者は附子を食べたくなってしまいます。まるで附子に魅せられたように、滅却する恐怖も忘れて、附子に近づき、とうとう一口食べてしまいます。

次郎冠者は心配そうに見ています。すると附子を食べた太郎冠者が苦しそうな様子で「オーたまらんたまらん」と額に手を当てて苦しそうな様子を見せます。夢中で太郎冠者に近づき、介抱する次郎冠者。「それみたことか」と次郎冠者が言うと、「うもうてたまらん」とにっこりわらい、中身が砂糖であることを知らせます。

恐怖を忘れて心配する次郎冠者と、ちょっとそれをおちょくる太郎冠者。この場面は二人の親密さがよく現れていて、ニヤリと笑みがこぼれますね。

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三宅 晶子

横浜国立大学名誉教授。中世日本文学(特に能楽)、古典教育を専門とする。『歌舞能の系譜――世阿弥から禅竹へ』(ぺりかん社、2019年)ほか、能楽・古典教育に関する著書多数。

岩田 千治

奈良大学文学部国文学科。高校・大学で美術部に所属し、第29回奈良県高校生アートグランプリでは、平面の部 特別賞を受賞した。奈良大学の講義ではじめて狂言に接し、その感動をイラストで表現している。

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