[川上 第1回]川上にでかける男と見送る妻

川上(かわかみ)

杖を付きながら、橋掛かりを渡って、男が登場します。生まれついての盲目ではないので不自由この上ないことを嘆き、川上の地蔵菩薩が眼病の霊験あらたかであるとのことなので、行ってみたいと言います。 吉野の里に住んでいて川上と行っていますから、行きたい場所は吉野の山奥で、川の上流ということなのでしょう。

自己紹介の場面です。どのような人物がどのような事情を抱えているのかを簡潔に観客に伝えることは、どの狂言においても大変重要です。登場してすぐの自己紹介が、その役割、つまり物語の背景を明らかにする役割を果たしています。

妻を呼び出して、地蔵堂へさんろうすることを話します。たった一晩留守にするだけなのに、丁寧な別れの挨拶を交わし、名残惜しそうに見送り見送られる二人の姿です。10年前に結婚してすぐ、夫は目が不自由になりましたので、妻はその間ずっと甲斐甲斐しく夫の世話をしてきたことがわかるような、仲の良い夫婦です。

授業で用いたビデオ1)の映像では、萬斎さんが若くて綺麗な妻として登場してくるので、こんな素敵な奥さんなんだと、みんなちょっと感動します。余りに美しくて、「お化粧していいのですか」と質問する学生が後を絶たなかったこともあります。あまりにそれが多くて、その後お化粧はしていませんとあらかじめ伝えるようにしていました。

この感動はその後の展開のためにとても大切です。

1) 野村万作,野村萬斎:狂言でござる DVDビデオ「野村万作狂言集」, 第4巻,角川書店,2001年.

絵ではわりとコミカルな雰囲気を持った女房像ですね。 二人は舞台のシテ柱近くと脇柱近くに立ち、妻が正面席に背中を向ける形で向き合って会話しています。主役の男が舞台の奥にいるのを不自然に感じるかもしれませんが、正方形の舞台を広く使い、しかもシテが正面を向いているという位置関係は、これが尤も安定していて効果的な立ち位置なのでしょう。二人で会話するどんな狂言でも、基本的にはこの位置に立つのが基本です。能のシテとワキ(脇役)の立ち方と同じです。

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三宅 晶子

横浜国立大学名誉教授。中世日本文学(特に能楽)、古典教育を専門とする。『歌舞能の系譜――世阿弥から禅竹へ』(ぺりかん社、2019年)ほか、能楽・古典教育に関する著書多数。

岩田 千治

奈良大学文学部国文学科。高校・大学で美術部に所属し、第29回奈良県高校生アートグランプリでは、平面の部 特別賞を受賞した。奈良大学の講義ではじめて狂言に接し、その感動をイラストで表現している。

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