[茸 第3回]祈るほどに増える茸

茸(くさびら)

山伏は気を取り直して祈祷を始めます。

ここで唱える祈りの詞章は、他の山伏狂言でもほぼ定型ですが、能に登場する山伏をモデルにしつつ、それを崩して笑いの種にするという手法が見られます。例えば〈葵上あおいのうえ〉の横川小聖よかわのこひじり

ギョオジャ加持カヂに参らんと、エンの行者の跡を継ぎ、胎金タイコンリョオの峰を分け、七宝の露を払ひしスズカケに、不浄を隔つる忍辱ニンニク袈裟ケサ、赤木の数珠の苛高イラタカを、さらりさらりと押し揉んで……

(山伏は祈祷に行くために、山伏修験道の始祖である役行者の教えを受け継いで、胎蔵界金剛界両部を究めるために大峰山・葛城山の両峰に分け入って修行した。その山中で極楽に生える七宝樹に結ぶような汚れない露を払った篠懸の衣を身につけ、不浄を遠ざける忍辱の袈裟を掛けて、赤木で作った角張った苛高の数珠をさらさらと揉んで)

一心に祈るのですが、その時に不動明王とその眷属四明王を呼び出し、「なまくさまんだばさらだ、せんだまかろしゃな、そはたやうんたらたかんまん」と、実際の修験道において明王の助力を借りる時に唱える呪文を唱えます。どの山伏物の能でも、ほぼ定型なので、能に親しんでいる観客だと、山伏の加持となると、そのような場面を自然に思い出すことになるでしょう。

特に〈茸〉では、〈葵上〉の横川小聖を彷彿とさせているので、当然そのような場面が予測されます。

ところが、〈茸〉の山伏の修行と支度の様子については

それ山伏と言つぱ、山伏なり。きんと言つぱ、布切一尺ばかり真黒に染め、むさと襞を取りて頭にちょんと戴く故の、兜巾なり。苛高の数珠、ではなうて、むさとしたる木の切れをつなぎ集め、数珠と名付けつつ、明王の索にかけて祈るならば、などか奇特のなかるべき。

となります。役行者を祖として正統的な修行を修め、特別な装束や道具を身につけていた能に登場する山伏に対して、いかにもお粗末な、どこにでもいる普通の人が、ちょっと真似事の扮装をしただけのような出で立ちですね。

唱える呪文は「ぼおろん、ぼおろん」(和泉流の詞章を掲載している『狂言集成』などでは「ぼろおん、ぼろおん」となっています)ですし、秘法の茄子の印はただ息を吹きかけるだけで、「いろはにほへと……」としか唱えないのです。しかも祈れば祈る程、ますます茸たちは暴れ出します。

狂言師は茸になれる

それぞれ違う狂言面(けんとく・うそふき・おとなど)を付け、笠を目深に被って、色とりどりの小袖に括り袴を身につけています。

両袖を胸の前に抱え込んでいますから、手は動かしません。腰は落としたまま、爪先立ちで摺り足をして動きます。上半身が揺れないように、膝下だけで素早く動くにはかなり身体的能力が必要です。

このような茸たちを見ていると、「人って茸に似ているのだ」と、妙に感心してしまいます。

色々な種類の茸たちが、ある時は切り戸口から、ある時は橋掛かりから登場します。

装束の工夫はかなり自由度があるようですが、今回の授業で見た映像1)では、それぞれ個性的な狂言面を付け、色や形が違う笠を被り、その色に合わせた装束を身につけていて、いかにも松茸とか椎茸らしく見えて、それも笑いを誘います。

1) 野村万作,野村萬斎:狂言でござる DVDビデオ「野村万作狂言集」, 第1巻,角川書店,2001年.

祈る程に茸は増え元気よく動き回ります。祈りを止めると茸も静止し、なんだか茸に馬鹿にされているような様子です。

祈れば祈る程増え続ける茸の様子を不安に感じた男が、心配そうに声を掛けると、地の底にある分も全部祈りだしているのだと、自信満々?の様子で答える山伏です。

茸と対しているのは山伏だけのように描かれていますが、実はこの家の主である男も一緒に戦っています。

どんどん増え続ける茸を前に、山伏は奥の手として「茄子なすびの印」を結んでやろうと言います。どんな秘法かと思えば、ただ息を吹きかけるだけみたいで、これではどうにもなるまいと、主人でなくても心配になります。

いよいよ姫茸も登場しました。可愛いぬいはく(金銀箔と刺繍が施されている)の着物に帯を結び、面は乙を付け、一文字笠を被っています。この映像では少し大きな女の子が演じていますが、もっと小さな子供(男女を問わない)の場合も多いです。

このように本格的な山伏とはとても思えないような様子なのですが、それを自覚していながら男をだましているのか、本人は大真面目なのに事態がどんどん悪くなるのか、それは演者次第、観客の捉えかた次第のところがあります。

そういう曖昧さを残しているのも、この狂言の面白さなのでしょうね。

ますます増長していき、本来無いはずの手まで出して、山伏の袖を引いたり、脚にしがみ付いたりします。

ここまで来ると、舞台一面、うじゃうじゃと増えた茸たちが人化する様子が、シュールな面白さで迫ってきます。

一方橋掛かりには、見るからに気持ちの悪い茸が登場しています。鬼茸です。これまで茸たちはいつの間にか生えていたという感じを上手く出していましたが、鬼茸だけははじめから人のように歩行していて、堂々と橋掛かりを渡ってやって来ます。

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三宅 晶子

横浜国立大学名誉教授。中世日本文学(特に能楽)、古典教育を専門とする。『歌舞能の系譜――世阿弥から禅竹へ』(ぺりかん社、2019年)ほか、能楽・古典教育に関する著書多数。

岩田 千治

奈良大学文学部国文学科。高校・大学で美術部に所属し、第29回奈良県高校生アートグランプリでは、平面の部 特別賞を受賞した。奈良大学の講義ではじめて狂言に接し、その感動をイラストで表現している。

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