[川上 第3回]地蔵堂にお籠もり

川上(かわかみ)

地蔵堂に着くと、早速お詣りしようと、(わに)(ぐち)を探します。

若い人には鰐口がどういうものかわからないことがありますね。お寺の本堂など仏様を拝むお堂の正面軒先に吊された、金属製の仏具で、お盆を二つ重ねたような形をしています。下の方が空いていて、そこが鰐(鮫のことです)の口に似ているので、そう呼ばれます。前に吊されている太い綱で打ちたたいて鳴らします。

舞台上にはもちろんそのようなものはありませんから、演技から想像しています。さすがに鰐口の詳しい形状まではわからなかったようで、この部分は後に調べて書き加えています。

鰐口を鳴らした後、その場に座って祈り始めますが、その時まず腰に挿した扇を取り出して開き、それを膝の前に置いて、その扇に祈りの言葉を載せるような仕草をして拝みます。

扇が日常生活で用いられなくなって久しい現代では、一体何をやっているのだろうと不思議に感じてしまうかも知れませんが、古くからいつも身につけていて、風を送るだけではなく様々な用途に使用されてきました。例えば、ご祝儀を相手に渡す場合などにも、開いた扇に載せて差し出します。貰う側は扇ごと受け取ってから、扇を閉じて返します。

〈川上〉の場合、祈りを献げる作法として、扇を下に広げておいているのでしょう。

祈りを献げたその場所から動かずに、ここで通夜をすると告げますが、移動する様子は省略されています。

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三宅 晶子

横浜国立大学名誉教授。中世日本文学(特に能楽)、古典教育を専門とする。『歌舞能の系譜――世阿弥から禅竹へ』(ぺりかん社、2019年)ほか、能楽・古典教育に関する著書多数。

岩田 千治

奈良大学文学部国文学科。高校・大学で美術部に所属し、第29回奈良県高校生アートグランプリでは、平面の部 特別賞を受賞した。奈良大学の講義ではじめて狂言に接し、その感動をイラストで表現している。

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