狂言の扉をひらく

三宅晶子(横浜国立大学 名誉教授)三宅晶子(横浜国立大学 名誉教授)

絵を描くことの好きな学生が、
授業で初めて狂言に接しました。
その時の衝撃が画面にあふれています。
常に動いている見慣れない人たちの姿を、
瞬間的にここまで正確に見取れるなんて、
すごい才能ですね。
一方で
あの演技からこんなことを想像しているのかという、
新鮮な驚きもあります。

狂言について、「興味はあるけれど敷居が高くて」と思っている方は、何も知らずに舞台のビデオを観てその印象を素直に絵にしたこの作品たちに接すると、すんなり狂言の世界に入り込んで行けるのではないでしょうか。

また、能楽堂によく行っていて、狂言を見慣れている、狂言を習っている、狂言を勉強(研究)しているなんていう方達は、「あの曲のあの場面、あの人の名演技が、こんなふうに捉えられている!」などと、舞台を思い浮かべながら絵を楽しめますし、「また舞台を観たいな」という思いに駆られるようです。

先入観を持たずに、とりあえず扉を開いてみてください。
初めて狂言に接した学生の感動、第一印象だからこその輝きに満ちあふれた世界は、きっとあなたも気に入ると思います。


このコーナーは、令和四(2022)年度奈良大学文学部国文学科「言語文学Ⅰ(二)」の授業で行った、狂言についての講義レポートがきっかけで、始められました。

授業では、日本の伝統芸能の一つである狂言について、8番の狂言、<くさびらかわかみろくおんぎょくうつぼざるつりぎつねとう相撲ずもう>を紹介しました。学生の大半は狂言に初めて接しますし、昔の言葉や文化には縁遠い人が多いので、誰にでも面白くわかりやすい曲から入り、大曲へと移行していくように配置しました。最後の<唐相撲>は、おまけみたいなお楽しみです。簡単に曲の解説をし、その狂言を理解するためのヒントとなるような質問事項をいくつか示した上で、一曲全体の舞台映像を視聴して、質問への答えと感想やら疑問点を書いて提出してもらいました。次の週にその答え合わせをする形でさらに解説を行い、疑問点に答えるときに結構いろいろな話をするという形式の授業です。とりあえず映像を見るところから始めることを大切にしていました。

各時間の最後に、普通の学生はもちろん文章を提出するのですが、岩田千治さんは絵を描いてくれたのです。映像を見ながらあっという間に、様々な場面を正確に捉えて描いていきます。しかもなんとも可愛らしいので、ただの提出物ですませてしまうのが残念でした。

そこで年度の終わりに、文章担当なども含めた3名の学生と『奈良大生の観た狂言』という、小冊子を作りました。初心者でも確実に楽しめる<附子>と<茸>のみを取り上げています。大学で無料配布しているものですが、なかなか好評です。その経験を活用しつつ、もっと多くの方達に、この才能と、こんな風に狂言を理解する方法もあるのだということをお知らせしたいと思いました。

今回ご縁があって、学而図書のホームページに連載させていただけることとなりました。白紙に鉛筆描きだった絵をデータ化し、解説文を加えてあります。コーナーを提供してくださり、編集も担当してくださっている笠原正大さんに深謝いたします。

2025年2月5日 三宅晶子(横浜国立大学 名誉教授)

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