
登場人物
シテ(主役) 大名
アド(相手役) 太郎冠者
アド(相手役) 猿引
アド(相手役) 猿


シテが大名の大名狂言に属する曲です。太郎冠者は大名の従者として登場します。
狂言の修行は「猿に始まって狐で終わる」と言われるように、狂言役者が子供の頃最初に演じる曲です。そして最後の挑戦する秘曲が〈釣狐〉で、次回これを取り上げます。それぞれの曲を意識しながら観るのも、長い狂言役者の修行の道程が見えてきて、面白いのではないでしょうか。
授業で使用した動画1)は、四世茂山千作が猿引を演じたものです。2001年2月15日に国立能楽堂で収録された「シリーズ現代の狂言 千鳥・靱猿」(発売元 森崎事務所)で、大名を十三世千五郎(五世千作)、太郎冠者を正邦(十四世千五郎)師、猿を広瀬湧子がつとめています。
1)茂山千作・茂山千五郎:シリーズ 現代の狂言 千鳥・靱猿,森崎事務所,2003年.
「替装束」の小書(異式演出)で演じられているので、大名は登場するとき、通常の洞烏帽子に素襖上下ではなく、騎射笠をかぶり、射籠手を付けています。また猿も芸を披露するとき、日の丸烏帽子をかぶり、袖無しを着ます。台詞にも多少違いがあります。止狂言(一日の演能で最後に演じられる狂言)として行うときの小書ですが、この方が見た目も華やかで楽しいので、近年は通常にも用いることが多いようです。
あらすじ
都に長く逗留中の遠国の大名が、気晴らしに狩でもしようと出かけて、猿引と出会う。自分の持っている靱(矢を入れて背負う道具)を猿皮靱にしたいと思っていた大名は、猿引が連れている猿がちょうど良いと思い、皮を所望する。
驚いて固辞する猿引。大名は1・2年使ったら返すからと譲らない。皮を剥げば死んでしまうことがわからないかと憤る猿引だったが、おまえも射殺すと脅されて仕方なく、せめて自ら猿の急所を打って一打ちに殺そうとする。しかし猿は振り上げられた鞭を手に取って、そのまま芸を始める。その姿を見て猿引は、とうてい自分には殺せないと悟り、死を覚悟して拒絶する。大名も心を動かされ、打つなと命じる。
猿引に言われるままに、猿は大名や太郎冠者に礼をし、舞を舞う。大名は喜んで、扇や太刀を猿引に与える。猿が寝転がったりもらった扇を使って月見をしたりすると、大名はじっとしていられなくなり、自分も真似をして動き出す。大名はとうとう着ていた小袖や上下も脱いで与えてしまう。一同上機嫌の中、猿は御幣を大名は靱を持って、めでたく舞納める。
着ぐるみで演じる猿の演技
猿は「モンパ」という縫いぐるみを着ています。他にも犬・牛・馬・狐・狸などに扮するとき、それぞれに合ったモンパを着用します。頭もすっぽり覆われ、さらに面も掛けますから、息苦しく視野も狭く、辛い扮装でしょう。
〈靭猿〉は初舞台、あるいはそれに近いころ、ごく小さな子供が演じますから、ことさら大変でしょう。台詞はなく、「キャア キャア キャア キャア」というだけで、転がり廻ったり身体を掻く動作が延々と続き、その間に舞や月見、田植えなどの型が入ります。
台詞は無いといっても、これをしっかり演じるには並大抵の訓練では駄目でしょうし、月見といえば手の角度、身体の傾け方など、必ず同じになるまで繰り返し身体にたたき込むようです。小さくて華奢で柔軟な肉体だからこそ可能な型の連続です。 それが修行の第一歩となって、長い狂言役者の道が続いていくのですね。