[寝音曲(大蔵流)第6回]結末

寝音曲(ねおんぎょく)大蔵流

夢中になって舞終わると、主人は「声もよう出て、面白いことであった」と上機嫌です。

「ゆるさせられい」と逃げ出す太郎じゃ(と言っても、そんなに恐れ入っているようには見えませんが)を、「苦しゅうない、今ひとつうたえ」と、追っかけて二人は退場します。

主人は太郎冠者の嘘に腹を立ててはおらず、むしろ面白がっているようです。

主人の存在感

どうしてもうたいが聞きたい主人と、断りたい太郎冠者。幼少からの主従関係は、歴然とした身分の隔てがありながら、それを越えて親密です。

例えば、大らかで気の良い主人に甘えている冠者という場合は、ほろ酔い気分で謡っているうちに、つい楽しくなって舞い出してしまうということでしょうか。主人は最初から太郎冠者の計略などお見通しで、一緒に楽しんでいるのかもしれません。大蔵流の場合は、そんな二人が思い浮かびますね。

和泉流の場合ですと、常日頃主人のわがままにうんざりしている冠者が、この際思いっきりからかってやろうと、じゃれついたり、大げさに声が出ない様子を見せた挙げ句、うそがばれて叱られるという展開です。

それらについても、演者によって千変万化で、思いがけない人間関係が露わになってくる場合が多いと思います。

登場人物はたった二人で、小道具は盃用のかずらおけの蓋のみという、単純な構造の狂言です。単純である分、二人の人間関係によって、描き出される世界がさまざまに姿を変えます。主人の人柄が怖いか優しいか、太郎冠者の魂胆にいつ気づくのかで、内容にかなりの違いが出てくるでしょう。

太郎冠者を演じる役者の、謡や小舞の力量で見せる狂言ではあるのですが、演劇としての出来の良し悪しを決定付けるのは、主人役であると言っても過言ではないでしょう。

岩田さんも、やり取りを興味深く見守っていたらしく、二人の表情を詳細に描いてくれています。

関連記事

特集

三宅 晶子

横浜国立大学名誉教授。中世日本文学(特に能楽)、古典教育を専門とする。『歌舞能の系譜――世阿弥から禅竹へ』(ぺりかん社、2019年)ほか、能楽・古典教育に関する著書多数。

岩田 千治

奈良大学文学部国文学科。高校・大学で美術部に所属し、第29回奈良県高校生アートグランプリでは、平面の部 特別賞を受賞した。奈良大学の講義ではじめて狂言に接し、その感動をイラストで表現している。

最近の記事
  1. [寝音曲(大蔵流)はじめに]登場人物とあらすじ

  2. [寝音曲(大蔵流)第1回]主人から謡を謡うように言われる太郎冠者

  3. [寝音曲(大蔵流)第2回]酒を飲まないと謡えない

TOP
CLOSE