
夢中になって舞終わると、主人は「声もよう出て、面白いことであった」と上機嫌です。

「ゆるさせられい」と逃げ出す太郎冠者(と言っても、そんなに恐れ入っているようには見えませんが)を、「苦しゅうない、今ひとつ謡え」と、追っかけて二人は退場します。
主人は太郎冠者の嘘に腹を立ててはおらず、むしろ面白がっているようです。
主人の存在感
どうしても謡が聞きたい主人と、断りたい太郎冠者。幼少からの主従関係は、歴然とした身分の隔てがありながら、それを越えて親密です。
例えば、大らかで気の良い主人に甘えている冠者という場合は、ほろ酔い気分で謡っているうちに、つい楽しくなって舞い出してしまうということでしょうか。主人は最初から太郎冠者の計略などお見通しで、一緒に楽しんでいるのかもしれません。大蔵流の場合は、そんな二人が思い浮かびますね。
和泉流の場合ですと、常日頃主人のわがままにうんざりしている冠者が、この際思いっきりからかってやろうと、じゃれついたり、大げさに声が出ない様子を見せた挙げ句、うそがばれて叱られるという展開です。
それらについても、演者によって千変万化で、思いがけない人間関係が露わになってくる場合が多いと思います。
登場人物はたった二人で、小道具は盃用の鬘桶の蓋のみという、単純な構造の狂言です。単純である分、二人の人間関係によって、描き出される世界がさまざまに姿を変えます。主人の人柄が怖いか優しいか、太郎冠者の魂胆にいつ気づくのかで、内容にかなりの違いが出てくるでしょう。
太郎冠者を演じる役者の、謡や小舞の力量で見せる狂言ではあるのですが、演劇としての出来の良し悪しを決定付けるのは、主人役であると言っても過言ではないでしょう。
岩田さんも、やり取りを興味深く見守っていたらしく、二人の表情を詳細に描いてくれています。