[寝音曲(大蔵流)第4回]能〈放下僧〉の「小歌」

寝音曲(ねおんぎょく)大蔵流

ここで謡われるのが〈ほうぞう〉の「小歌」です。

「放下」は、中世・近世に行われていた芸能、あるいはその芸能者のことで、きり(竹製の楽器、二つの竹を打ち合わせて音を出す)を打ちながら、歌舞・手品・曲芸などを演じました。その多くは僧形で、放下僧と呼ばれました。

能〈放下僧〉は、父の仇討ちのために放下僧となって旅する兄弟の姿を描いた能です。

目指す敵を見つけ、その人を楽しませ油断させるために、芸の一つとして「小歌」がうたい舞われます。都の名所尽くしに始まって、揉まるるもの尽くしから、放下の使う楽器小切子へと繋げ、最後に祝言で締めくくりますが、能では小歌を最初からうたいの文句に合わせて面白く舞い遊び、最後の部分で敵をにらみつける様子を見せて終わります。その後敵討ちの場面へと展開し、見事に仇を討って終わります。

〈寝音曲〉では、仇討ちの要素は全く入っておらず、純粋に小歌を楽しむのですが、前半は謡を聞かせ、後半の「げにまこと」あたりから立って、少し大げさな身振りで楽しげに舞います。 「小歌」の謡をご紹介します。

「小歌」

面白の、花の都や、筆に書くとも、及ばじ、

なんとおもしろいこと、花やかな春真っ盛りの都の有様だなあ。これはとうてい筆では書き尽くせないだろう。

東には、おん清水きよみず、落ち来る滝の、おとの嵐に、しゅの桜は、散りぢり、

東の方角にあるのは、祇園の八坂神社や清水寺で、その境内を流れ落ちる音羽の滝の音が聞こえる。音羽山から吹き下ろす山嵐に、地主権現の桜が散らされて、まことに風情のある気色だ。

西は法輪、嵯峨のおん寺、回らば回れ、水車の輪の、井関注)の、川波、

西の方はというと、法輪寺や嵯峨のおの寺と言われる清涼寺が有名どころだが、見物できるならそれらをぐるぐるっと廻って来たいものだ。まわると言えば、川を堰き止めて水車がぐるぐる回って、川波が立っている。

川柳は、水に揉まるる、ふくら雀は、竹に揉まるる、野辺のすすきは、風に揉まるる、都の牛は、車に揉まるる、茶臼は挽き木に、揉まるる、

その川岸には柳が水面に枝を垂れて水に揉まれているし、ふくら雀は竹に揉まれ、野原の薄は風に揉まれ、都大路を行く牛は、車に揉まれ、茶臼は挽木に揉まれる。

げにまこと、忘れたりとよ、こきりこは放下に、揉まるる、

ああそうだ、忘れていた、小切子は放下に揉まれるよ。

こきりこの、二つの竹の、代々を重ねて、うち治まりたる、み代かな。

小切子の、二つの竹の()のように、代々を重ねて、太平に治まってめでたい、世の中だなあ。

注)観世・宝生流では「臨川関」(嵯峨の臨川寺では水車が有名であったらしい)。嵯峨の花の名所から、水車へと繋げて行くには、臨川寺の水車となっている方が繋がりはよい。大蔵流は江戸時代を通じて能の金春座の座付き(所属)だったので、能を取り入れる場合は金春流からとなる。ここでも金春流謡本の形を取り入れている。

出だしの「花の都」には、華やかで美しい首都であると同時に、そこが春の真っ盛りで、桜が美しく咲いている情景が籠められています。

どこを見なければならないということはなく、気の向くまま見物していると、川に架かった水車や、柳、そこに集う雀などへと目が転じていきます。都大路の様子や、住まう人々の暮らしぶりを点描し、最後に放下の持つ楽器である「小切子」(竹製で、二本をすりあわせて音を出す)に繋げ、最後は祝言で締めます。

芸能は祝言でなければならないと考えられていたので、最後めでたく終わるのです。

能〈放下僧〉では、目指す敵を見つけて、その人の前でかっを打ちながら舞ったり、小歌を謡い舞ったりと放下の芸を見せながら、隙を狙います。小歌の最後の方では、相手が眠ってしまったのを見定めて、いよいよ斬りかかろうと身構える様子などが演じられ、のんきな都見物の雰囲気は消し飛びます。

〈寝音曲〉では、仕舞としての小歌が用いられているので、仇討ち的な要素はまったく入っていません。寝ながらと起きての謡わけをたっぷり見せて笑いを誘い、「都の牛は」あたりから立って、謡の文句に合わせて大げさな身振りで舞います。

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三宅 晶子

横浜国立大学名誉教授。中世日本文学(特に能楽)、古典教育を専門とする。『歌舞能の系譜――世阿弥から禅竹へ』(ぺりかん社、2019年)ほか、能楽・古典教育に関する著書多数。

岩田 千治

奈良大学文学部国文学科。高校・大学で美術部に所属し、第29回奈良県高校生アートグランプリでは、平面の部 特別賞を受賞した。奈良大学の講義ではじめて狂言に接し、その感動をイラストで表現している。

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