[釣狐(和泉流)第7回]本性を現した狐

釣狐(つりぎつね)和泉流

前シテのはくぞうの演技も、人間とはほど遠い獣的な態度や仕草ですが、狐の面を掛け、着ぐるみだけの姿で再登場すると、狐そのものに成り切って、舞台を所狭しと駆け回ります。

罠に近寄って、餌に見入ります。

罠が恐いので、簡単には餌を取れません。

このあたり、百戦錬磨の老狐ならではの慎重さが見られます。

岩田さんの絵は、この時の狐と猟師両者の緊張感を、上手くしかも可愛く捉えていますね。

自分の身体能力を確認するかのように、激しく動く狐の様子が、丁寧に描かれています。

さらに、自分を鼓舞するのか、最後に残ってしまった孤独を訴えているのか、何度も吠えるような鳴き声を上げます。

意を決して、餌に近付き取ろうとすると、罠がぺこりと掛かります。

あまりに単純で簡単なので、見逃してしまいそうですが、岩田さんがしっかり絵に留めてくれました。

三宅 晶子

罠に掛かると、その綱で首が絞められる仕掛けのようですね。舞台を大きく使って、首に掛かった綱を後ろから猟師が締めたり緩めたりしながら、追い詰めていきます。この場面は、二人の狂言師が呼吸を合わせてタイミング良く演じないと、どちらかが舞台から転げ落ちてしまいます。

なかなか迫力のある見せ場です。

最後は狐が手で輪から首を抜いて、狐は逃げていきます。

三宅 晶子

あっけない終わり方ですね。

後場だけだと10分も掛かりません。全体は90分くらいの大曲ですから、随分前場が長いですね。短くても見応え的には前場に引けを取らないインパクトがあります。

また、あっけない終わり方というのは概ねどの狂言にも共通していますね。すべてを説明し尽くさないとか、余韻を残すとか、結果は観客の想像に任せるとか。一曲の構成が、序破急に配当されているというのは以前にお知らせしましたが、〈釣狐〉も同様です。

能仕立ての狂言

前後二場構成。あい狂言的な場面もあります。前シテは狐の本性を隠して白蔵主に化けていますが、これはふくしきげん能の前シテが本性を隠して何者かに化けて登場する形を応用しています。前シテは登場がくに乗って登場し、一応登場歌もうたいます。前半には、本格的な[語リ]の見せ場を持っており、後場は狐らしく動き回るという演技で構成されているのも、前場はうたいの見せ場、後場は舞の見せ場というように、前後で見せ場の演技の種類を変える複式夢幻能の方法に沿ったものになっています。

三宅 晶子

大曲で随分難しい狂言ですが、半年間様々な狂言を経験すると、あまり抵抗なく楽しめるようです。

古い言葉の言い回しなども、そのまま理解出来るようになりました。

岩田さんもめきめき腕を上げていますね。後場の狐の動きに関しては、レポートではあまり描かれていなかったので、今回まとめるに当たって、映像を見ながら追加していただきました。それだけに、的確に特色をつかんで、しかも魅力的に沢山の絵を描いてくれました。

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三宅 晶子

横浜国立大学名誉教授。中世日本文学(特に能楽)、古典教育を専門とする。『歌舞能の系譜――世阿弥から禅竹へ』(ぺりかん社、2019年)ほか、能楽・古典教育に関する著書多数。

岩田 千治

奈良大学文学部国文学科。高校・大学で美術部に所属し、第29回奈良県高校生アートグランプリでは、平面の部 特別賞を受賞した。奈良大学の講義ではじめて狂言に接し、その感動をイラストで表現している。

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